[4B]川村真理上席研究官の着任と[調査資料-317]に関する修正対応
文部科学省 科学技術・学術政策研究所に関する問題
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[4B]川村真理上席研究官の着任と[調査資料-317]に関する修正対応
2021年6月30日に前担当者であったJM上席研究官が任期満了により退職し、その2か月後である2021年9月1日に川村上席は第1調査研究グループに着任しました。川村上席は前担当者が行っていた仕事を引き継ぐ形式で「博士人材追跡調査(JD-Pro)」「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」等の担当となりました。川村上席は科学技術・学術政策研究所において、上記2つ以外の研究課題も持っていますが、研究所として最高位の報告書の種別であるNISTEP REPORTに該当した「博士人材追跡調査(JD-Pro)」および公的統計でもある「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」の2種のシリーズは、科学技術・学術政策研究所として重要視されている研究課題でした。
川村上席は2021年9月の着任当初からテレワーク主体の勤務形態でありましたが、当時はコロナ禍によるテレワーク推奨のルール、風潮があった時期でもあり、グループ内で特段の違和感はありませんでした。川村上席は2022年1月に前担当者が収集したデータを集計する形式で報告書を作成し、主著者として[調査資料-317]「『博士人材追跡調査』第4次報告書」を公刊しました。私が川村上席に関する問題を明確に認識したのは、3月下旬に公刊された[調査資料-317]を偶然読んだ時でした。[調査資料-317]には数ページに一つの頻度で誤字脱字、フォーマットの不整合、初歩的な解釈の誤りなどが見つかり、迅速に修正版、正誤表を公表しなくてはならない状態でした。当時の第1調査研究グループの責任者であったHT総括は、がんの療養をしながらテレワーク中心で勤務していたため、報告書案の内容確認をほとんど行うことができずに公刊してしまったということでした。なお、HT総括はその後一時的に回復されましたが、2025年11月3日に逝去されています。
2022年3月24日から3月30日にかけて私とHT総括で連携して、川村上席に早期に報告書の修正版および正誤表の公表を求めるようにメールで促しました。ただし、深刻な落ち度があると考えられる川村上席は出社して真剣に対話しようともせずテレワーク勤務を継続し、HT総括および私へのメールへの返信も遅く、不誠実であると思える文面でした。2022年3月31日でHT総括が別組織へ異動することとなり、異動者の挨拶があったことから、ようやく同日午後に川村上席は科学技術・学術政策研究所に出社しました。同日夕方、第1調査研究グループにおいて、HT総括は私およびグループの事務補助員であったTCさんが同席する場で、「異動後であっても自身も支援および確認を行うので、川村上席が[調査資料-317]の修正版および正誤表を可能な限り早急に作成し、公表すること」および「修正作業の全体統括は後任のSK総務研究官(併任:第1調査研究グループ総括上席研究官)に引き継がれること」を指示し、説明しました。川村上席はこの時、明確な返答をしませんでしたが、沈黙をしていたため合意したと見なして修正版・正誤表の作成、公開準備作業を進めることとなりました。
2022年4月に私はHT総括の後任であったSK総務研究官/総括に対して、私はメディア等に[調査資料-317]の誤った内容が採りあげられる前に迅速に修正版・正誤表を公開するべきという説明をメール連絡および総務研究官室にて行いました。SK総務研究官/総括は、迅速な修正版・正誤表の公開が必要という方向性には理解を示したものの「修正版・正誤表の作成と公開作業は自分とHT前総括(追って客員研究官となる)が統括する。それ以外の各研究官は自身の調査研究作業に注力すべきであり、各研究官は川村上席にあまり関わるべきではない」という趣旨の回答でした。私は川村上席が誠実さに欠ける人物であると認識し距離をとりたいと考えたこと、当時の上司から関わるべきではないと言われたことが相まって、以後は川村上席には可能な限り関与しない姿勢になりました。その後、2022年5月19日に[調査資料-317]の修正版・正誤表が公開されました。