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[4H]JGRAD事業の後任人事と私の常勤退職

文部科学省 科学技術・学術政策研究所に関する問題

2026年3月28日

文部科学省 科学技術・学術政策研究所

第1調査研究グループ 客員研究官

齋藤経史

本ページは、[4] 詳細事情のうち [4H]JGRAD事業の後任人事と私の常勤退職 を個別掲載したページです。本文中の節番号参照には、必要に応じて個別ページまたは Issue 本体へのリンクを設定しています。

[4H]JGRAD事業の後任人事と私の常勤退職

2025年5月31日で常勤の上席研究官として任期満了予定であった私は、2024年頃から私の退職後のJGRAD事業や、事業の後任人事に関して不安視していました。私の着任以前はウェブシステムの管理、大学・博士人材との連携、調査分析と常勤の研究職員3名で分担して担当していたところ、やむを得ず、私が1人で担当する体制となっていました。私は5月31日の任期満了後であっても、非常勤の客員研究官として連絡会実施日等の要所要所における事業支援はおそらく可能とは考えていましたが、JGRAD事業に適性と熱意を持った常勤担当者は不可欠であるとも考えていました。

しかし、橋本総括の散漫で真剣味のない業務姿勢はJGRADの後任人事およびその情報共有に関しても同様でした。JGRAD事業の後任人事の第1弾の公募は2024年10月に2025年1月17日までを応募期間として公開されました。この第1弾の公募では採用予定日が私の任期満了日翌日の6月1日となっていました。この募集要項に沿って採用できれば、JGRAD担当者不在の期間が発生しない見込みでした。しかし、第1弾の応募期間終了後も、橋本総括から私に対して採用状況に関する情報共有は一切ありませんでした。その後、2025年1月31日付けで、応募期間を3月31日までとする同内容の募集要項による第2弾の公募が公開されました。その第2弾の公募の採用予定日は7月1日となっており、私の常勤としての任期満了日から1ヶ月の期間が空くものとなっていました。

橋本総括から私への後任人事に関する情報共有はなく、尋ねて良いかどうかも不確かな状況であったため、2025年2月2日に私から総務課のMS補佐にJGRAD後任の募集、応募に関する状況を尋ねました。MS補佐からは「第1弾の公募には応募者が全くいなかったこと、第2弾の公募に関しても募集要項の記載内容を精査、改訂することもなく、同じ内容で公募を行ったこと」を聞きました。私からは「ウェブシステム運営、参加大学や博士人材との連携、調査分析業務と私が行っている仕事を機械的に列挙して応募要件にすれば、まともな人物ほど応募しなくなる。業務の中で業者に外注できる箇所、客員研究官等から支援を受けられる箇所はその旨を明示するなど、応募要件の文書を改訂すべきであった」といったことを話しました。MS補佐からは、仮に第2弾の公募で応募者が現れて採用できたとしても採用予定日は7月1日となっており、常勤のJGRAD担当者不在の期間が少なくとも1ヶ月は見込まれることが知らされました。こうしたJGRADの事業継続に関する重要な後任情報も橋本総括から私に共有、相談されないままとなっていました。

その後、2025年2月13日には[4G]にも言及したJGRAD事業が会計検査院の検査対象となったとの情報が入りました。この対応のため、JGRAD事業の引継ぎに関する相談や作業については、しばらく進めることができない状態となりました。それらがいったん落ち着いた2025年4月において総務課のMS補佐とJGRADに関する情報共有をしている際に偶然、3月末までが応募期間であったJGRAD後任公募に1人だけ応募があったという情報を得ました。私としてはJGRADの常勤担当者不在期間が1ヶ月の比較的短期間で済む望みがあると、ひとまず安堵しました。

私の常勤としての最終勤務月の5月に入っても、橋本総括から後任が採用されるのか、着任するとすればいつなのか、どのような引継ぎ準備をすれば良いのかといった連絡や相談は全くありませんでした。しかし、短くとも1ヶ月の常勤担当者不在期間が生じることに加えて、JGRADの大学・博士人材との連携やウェブシステム関連業務は多岐にわたり、数日で引継ぎ作業を行うことが困難であることは明らかでした。このため、引継ぎおよび後任支援を目的の一つとして2025年6月以降も私は非常勤の客員研究官として勤務するための「齋藤上席の客員任用に関する説明資料案」を橋本総括に5月12日に提出しました。

私が提出した、2025年6月以降の私自身の客員任用に関する説明資料を受領した橋本総括は、「この説明資料をベースに6月からの客員任用の申請を作成する」と話しました。なお、この説明資料には『想定する勤務頻度は当面は月間4日程度(オンラインでも登庁でも可)』と記載していたため、橋本総括から勤務日数等の重要部分に関しては、記載変更の連絡や相談がない限り、私からの説明資料案の記載の通りに進めるものと考えていました。

私は常勤退職後に次の勤務先への勤務開始を遅らせることになっても月4回程度、科学技術・学術政策研究所に客員研究官として出勤すれば、後任担当者と机を並べて業務のやり方を伝達したり、操作支援をしたり、適宜質問に回答したりすることができると考えました。また、常勤勤務時は多忙のため作成できなかった引継ぎ資料に関しても、客員勤務時には比較的余裕を持って作成できると考えていました。なお、この5月12日の口頭での会話以降、私の最終勤務日5月30日の午後まで橋本総括から後任や引継ぎに関する連絡・相談は一切ありませんでした。

その後、私の最終勤務日である5月30日に出勤すると、午前10時頃、総務課からのメールで客員研究官に関する委嘱依頼を受信しました。その依頼状には『期間内10日以内(1回あたり6時間)』と記載がありました。この時に勤務頻度が、説明資料に記載していた月間約4回ではなく、2026年3月末まで月間約1回であることを初めて知りました。この私の最終勤務日に一緒に昼食をとったIS上席およびHKさんとの間で「客員勤務に関して橋本総括から全く事前連絡や相談なく、依頼状で勤務予定日数が4分の1に減らされていて驚いた」という旨を話しました。

常勤としての最終勤務日の2025年5月30日15時30分頃に第1調査研究グループの座席において橋本総括から唐突に「今日、時間ある?」と尋ねられました。私から、橋本総括に時間はある旨を回答しました。その後、16時から橋本総括、IS上席、私の3名で第1調査研究グループの会議机においてJGRAD事業の引継ぎに関する約30分のミーティングを持つことになりました。

このミーティングの場において、私は橋本総括から初めてJGRAD事業の後任になる可能性がある常勤職員が2025年7月1日に採用予定であることを聞きました。ただし、その人物がJGRAD事業を担当するかは、働いてもらいながら本人の適性や意向を考慮して検討するということでした。また、私からは私自身の客員研究官としての勤務頻度が月4回ではなく月1回程度になっていることから、委託先との月次オンラインミーティング日などの要所に合わせた出勤で引継ぎや後任の支援を行いたい旨を話しました。私はこのミーティング終了後、所内関係者に挨拶に回り、科学技術・学術政策研究所の常勤の上席研究官を任期満了により退職しました。