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[4D]橋本俊幸総括の着任とその業務姿勢

文部科学省 科学技術・学術政策研究所に関する問題

2026年3月28日

文部科学省 科学技術・学術政策研究所

第1調査研究グループ 客員研究官

齋藤経史

本ページは、[4] 詳細事情のうち [4D]橋本俊幸総括の着任とその業務姿勢 を個別掲載したページです。本文中の節番号参照には、必要に応じて個別ページまたは Issue 本体へのリンクを設定しています。

[4D]橋本俊幸総括の着任とその業務姿勢

2024年8月1日にWE総括が異動となり、橋本総括が着任しました。私が担当していたJGRAD事業においては、年度内2回(9月と3月)に事業に参加している大学の関係者等の約200名がオンライン参加して事業の進捗等を報告、議論するオンラインJGRAD連絡会を開催していました。私の2024年8月における主な業務は9月5日に開催予定のオンラインJGRAD連絡会の準備の資料作成や幹部向け説明、関係者への連絡でした。橋本総括は着任間もない時期ではあったもののJGRAD事業に関して調べよう、理解しよう、連絡会準備を支援しようという姿勢は見られませんでした。ただ私に作業を任せている、私から所内幹部への説明を横で聞いているだけという姿勢でした。また、橋本総括は出勤日の8割以上は勤務時間中の13時30分から15時の間に30分程度、第1調査研究グループの座席で眠っているように見え、オンライン会議の最中にも寝落ちしていることが複数回ありました。

橋本総括の業務姿勢を示す事例の一つとして2024年の日中韓セミナーの準備作業が挙げられます。科学技術・学術政策研究所の企画課から2024年11月13日および14日に品川にて開催予定の日中韓セミナーにおいて、橋本総括と私で共同の英語発表してほしい旨の依頼を受けました。9月2日に企画課から送付された資料作成依頼メールでは、9月10日までに各発表者の英語略歴ファイルを、また9月17日までに英語発表資料ファイルを、企画課が指定した共有フォルダに格納するよう連絡がありました。英語発表資料については、橋本総括がWE前総括から引き継がれていた資料ファイルを改訂して前半部分を作成し、私が後半部分を作成する形で分担することとなりました。

英語発表資料については、橋本総括が前半パートを改訂して私にファイル送付し、私はその前半パートと私自身が作成した後半パートを統合して、9月17日までに企画課指定の共有フォルダに格納する予定でした。前任のWE総括によって前半パートの資料案は概ね完成しており改訂作業は軽微であったため、私は9月上旬には前半パートの改訂版が送付されるだろうと考えていました。しかし、所内企画課から橋本総括と私を含む発表予定者への締め切り通知のリマインダを兼ねたメールが数日おきに届くにもかかわらず、橋本総括から私への前半パートのファイル送付はありませんでした。また、英語発表資料の格納に先立ち、各発表者は9月10日までに発表者略歴ファイルを格納するよう企画課から求められていましたが、橋本総括はその締切を破り、企画課担当者から個別に督促を受けていました。また、橋本総括は企画課担当者から督促を受けても、急いで略歴ファイルを作成・格納する様子もありませんでした。加えて、私から英語発表資料の前半パート送付のことを尋ねても、明確な回答は得られませんでした。

私は2024年9月16日から9月26日までドイツ・イギリス出張となっていたため、出国前に、共有フォルダに橋本総括が改訂した発表ファイルが格納されていないことを確認した上で、発表ファイルを格納できずに出国しました。ドイツ滞在中に企画課指定の締切日の9月17日になり、企画課から本日中のファイル格納依頼のメール連絡が各発表者にありました。締切当日になっても橋本総括からメール連絡やファイル送付がなかったため、ドイツから企画課担当者にメール連絡を行い、橋本総括から企画課へのファイル共有や連絡がなかったことを確認しました。その後、私は出張先から共有フォルダにアクセスすることは困難であったため、メール添付にて企画課担当者に英語発表資料案を送付しました。なお、発表資料の締切日当日においても橋本総括から日中韓セミナーの資料とは無関係の業務メールが出張先のドイツにいる私に届き、日中韓セミナーの資料に関する言及は全くありませんでした。このため私は、橋本総括は業務における約束や締切を破ることに罪悪感を持たない印象を強めました。

帰国後の10月3日に私は橋本総括から日中韓セミナーは原則として各グループの長(総括等)が1人で発表をすることになったという説明を受けました。加えて、発表者がプレゼンテーション時に読み上げる英語スクリプトに関して、後半パートの英語スクリプトは私が作成して送付して欲しい旨を橋本総括から依頼されました。また、橋本総括自身が作成する前半パートの英語スクリプトは橋本総括から追って私に送付するので英文を確認、必要に応じて添削して欲しい旨の依頼を受けました。私はまず後半パートに関する依頼に応じる形で、10月18日に橋本総括へ後半パートの英語スクリプトを送付しました。ただし、11月7日に第1調査研究グループにおいて橋本総括と話した際に橋本総括は「約3週間前に受領した日中韓セミナーの後半パートの英語スクリプトのファイルを全く読んでいない」と言いました。

一方で、橋本総括からの確認、添削依頼の打診があった前半パートの英語スクリプト案に関しては日中韓セミナー前日の11月12日の定時勤務終了時間(18時15分)になっても私への送付はありませんでした。その日はテレワークであった私は残業後の20時57分にテレワーク終了のメール連絡を行いました。私の業務終了のメール送付直後の21時1分に橋本総括から私へメール本文のない添付ファイルのみのメールで前半パートの英語スクリプトが入ったPDFが送付されました。送付時間が遅いことおよびメール本文がないことから、橋本総括は私に前半パートの英文スクリプトのチェックや添削を求めているとも考えられませんでした。このため、私からは返信をしませんでした。

翌11月13日に品川で開催された日中韓セミナーにおいて、橋本総括に会った際「昨晩ファイルを送ったが、送る時間が遅かったので返信を期待して送ったものではない」という旨の話がありました。私はこの2024年の日中韓セミナーに関わる経験から、橋本総括の『締切や約束を破ることに抵抗はなく、締切日あるいはそれ以降になって初めて作業に取りかかる』『同僚や相手方に配慮した作業、連絡ができない』『自分の作業や連絡に落ち度があり、支援を受けたとしても、感謝や謝罪の態度や言葉はない』『同じ失敗、迷惑を繰り返して反省をしない』という業務に関する特性を理解しました。

橋本総括の業務姿勢を示す別の事例として、ある私立大学からの2024年11月6日の電話対応が挙げられます。当該大学の事務職員から第1調査研究グループの電話番号宛てにポストドクターの人数データに関する問い合わせがありました。橋本総括が受電しましたが、先方の具体的な問い合わせ内容および第1調査研究グループ内の担当者が分からず、「追って担当の齋藤または川村という者から回答する」という一次回答を行い、いったん電話を切ったとのことでした。

橋本総括は電話を切った後にTCさんを経由して、当日テレワークであった私に当該大学に内容確認の電話をしてほしいとの指示を行いました。私からTCさんに「ポストドクターの調査関係なのに、なぜ私が電話する必要があるのか。川村上席の担当調査ではないか。」と尋ねました。TCさんからも「橋本総括の人選理由は不明であり、自分自身もおかしいと思うが、とにかく齋藤上席から電話してほしいという指示が橋本総括からあった」という説明でした。私は当該大学の担当者に電話すると、川村上席担当の「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」に関する問い合わせであり、結果的に川村上席に連絡を引き継ぐこととなりました。このことから、橋本総括は着任後3ヶ月が経過しても、グループ内の各職員の担当調査といった基本的な情報すら把握していないと認識しました。加えて、橋本総括には当該大学からの電話を切った後に所内ファイルを10分間調べれば把握できることを調べようともせず、私やTCさんに様々な業務を丸投げする姿勢がありました。