[4J]塩崎所長を含む4名へのメール連絡と総務課2名との議論
文部科学省 科学技術・学術政策研究所に関する問題
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[4J]塩崎所長を含む4名へのメール連絡と総務課2名との議論
上記の[4H]に示した9月22日に橋本総括から受信したメールにおいては、私が尋ねた私以外の3名のJGRAD関連客員との参加伺いに関する取り扱いの整合性に関する説明がありませんでした。これは人事院のウェブサイトにおいてパワー・ハラスメントの具体例として示されている「仕事を与えない・隔離・仲間外し・無視」に該当すると考えました。このパワー・ハラスメントの問題と合わせて、私は橋本総括に関する業務姿勢一般の問題を科学技術・学術政策研究所の塩崎所長を初めとする4名の職員にメール連絡することとしました。
私は9月26日5時25分に塩崎所長、AS総務研究官、AH総務課長、MS補佐の4名に対して連絡会の参加に関するパワー・ハラスメント問題を主題とするメール連絡を行いました。このメール添付の本資料として、Wordファイル(11ページ)の比較的詳細な経緯の説明を記載し、参考資料として[4F]の2024年12月9日の総務課への情報共有事項等のファイルを加えました。この本資料の中では[4H]に示したように主に橋本総括の問題によって、JGRAD事業の十分な引継ぎが行えていないことを説明しました。加えて、[4D][4E][4F]に示したように橋本総括の散漫で真剣味のない業務姿勢を説明するとともに、過去に私が橋本総括の業務姿勢に問題があることを総務課に報告したこと等から、私が橋本総括から疎まれている可能性があることについても記述しました。さらに、証拠資料を伴って[4E][4G]の事情を説明する際には必然的に川村上席の勤務実態の不透明なテレワークおよび反復した報告書公刊遅延に関しても言及することとなりました。
私は4名の職員宛てのメールの本文において「私としては、今回のパワー・ハラスメントに加えて、橋本総括の業務姿勢・健康状態はグループのリーダーとして不適格であると考えています。私が担当していたJGRAD事業の円滑な引継ぎを含め1調の健全化のためにも、橋本総括には早期に1調総括の役職を離れていただくべきであると考えています。」と記載しました。加えて、[4G]に示した『会計検査の対応関係によって公表が保留されていた「令和5年度 博士(後期)課程1年次における進路意識と経済状況に関する調査」のDPは、通例に従いグループ長を連名の著者として入れていたが、私の単著として公刊させていただけるようお願いします。実際に橋本総括はこの調査実施や報告書作成に全く貢献していないことに加えて、パワー・ハラスメントで訴えている対象者と共著での報告書を公刊することはできません』という旨を記載しました。
私からのメール送付後の9月26日13時59分にMS補佐にCCを入れる形で、AH課長から「メール受領をしました。今後、内容を確認の上で上司と対応方針を相談させていただく。」という受領連絡がありました。その後、週末を挟んで9月29日12時48分にMS補佐からAH課長にCCを入れる形で「メールを受信した4名でメール本文および添付資料を確認しました。今後の対応を考えるために、AH課長を含めて3名で対面の会合を持ちたい」旨の連絡がありました。なお、このMS補佐から返信があった9月29日は、[4L]にて後述する塩崎所長が科学技術・学術政策研究所の所内イントラネットに「業務運用の適正化について」という書面を掲示した日でもあります。その後、AH課長、MS補佐とは日時調整を行い、10月3日の18時に喫茶店にて対面の会合を持つことになりました。
10月3日に喫茶店で会合を行った際、AH課長とMS補佐からは、橋本総括への対応検討に関して「本件の橋本総括の行動は人事院で具体例を出しているパワー・ハラスメントに該当し、ひどいと思うものの公式の処分や配置換えなどの抜本的な対応をとることは難しい。『上司が部下に怒鳴った』『上司が部下に何度か嫌みを言った』という刑法に反しないレベルのパワー・ハラスメントに関しては、いったんハラスメントを行った者の上長が非公式に厳重注意をすることが官庁における実態としての運用になっている。非公式の厳重注意をしても再発した場合に初めて公式の処分や配置換えといった強い対応ができるようになる」という説明がありました。
私からは「パワー・ハラスメントとは異なるが、橋本総括の業務姿勢に関する問題は、2024年12月にSM前総務研究官からも非公式の厳重注意を受けている。考え方によっては2回目とカウントできる。また、2024年12月の情報共有に関しても1件ではなく複数件の問題をまとめて報告している。加えて9月26日に送付したメールの添付資料で示したようにJGRAD事業の後任人事とその情報共有、引継ぎ作業に関しても橋本総括には様々な問題行動がある」という旨を説明しましたが、AH課長、MS補佐は心情的には私の訴えを理解できるものの、現実的な措置としては難しいという説明でした。
また、これから上長から橋本総括に非公式の厳重注意を行うとしても、単著としてのディスカッションペーパーの公刊に関してもまとめて話す必要があるため、そちらの話も慣例やルールを説明して欲しいということでした。私からは「科学技術・学術政策研究所の調査研究グループではグループ名を使って調査実施した報告書に関しては、総括が着任直後であって最終稿を一読してコメントしただけの場合であっても、総括の氏名を著者に加えることが慣例となっている。ただし、この慣例は学術論文の著者基準からは逸脱しており、コメントを原稿に反映したとしても本来は謝辞に記載することが妥当だと考えられる。私が公刊してきた報告書では謝辞の下に[役割分担]というパートを作成し、「文章確認」といった項目に総括の氏名を入れることでバランスをとってきた。「文章確認」に総括氏名を記載することで実質的な貢献が小さいことに加えて、仮に分析の誤りがあった場合でも総括に責任はないことを報告書中に明記している。これまでの私が公刊した報告書では総括から第一稿に丁寧な加筆修正の意見があり、私が報告書に反映するべきと考えた場合は報告書に反映し「文章確認」に総括氏名を記載して著者に含めてきた。
しかし、3月にDPの発行伺いを起案した際に、橋本総括は指定した日時までにDP原稿に関する加筆修正の意見がなく、このDPに橋本総括の意見は反映していない。このため、今回のパワー・ハラスメントのトラブルがなかったとしても、本来は著者に加えるべきではなかった。よって、単著として公刊するべきと考えている。」という旨を話しました。AH課長、MS補佐は私の説明を聞いた上で「齋藤客員の意向はよく理解したので、持ち帰って検討させていただく」と話し、10月3日の会合は終了となりました。
その後、10月17日にAH課長およびMS補佐と喫茶店にて2回目の会合を持ちました。前回会合の私からの「DPは単著として公刊するべき」という意見を踏まえて改めて議論したところ、塩崎所長から「誤解を招くので、もはや公刊しない方が良いのではないか」という意見があったとの話がありました。私から「誤解とは、誰のどのような誤解か?」を尋ねても、AH課長およびMS補佐からは明瞭な回答は得られませんでした。私は「科学技術政策に活用できるデータや報告書を一つでも多く公開するのは科学技術・学術政策研究所の根本的な役割であると考える。また、私としても調査実施・報告書執筆に数百時間かけてきたことに加えて、多くの大学の事務担当者の協力も得て5000人以上の博士課程1年生に調査へ回答してもらっている。不明瞭な理由でお蔵入りにすることはできない。DPの公開をアピールする必要はないが、報告書ライブラリのウェブサイトに格納して閲覧、参照できるようにして欲しい」という旨を話しました。
また、AH課長とMS補佐から「7月に着任した塩崎所長は歴代の所長に比べると厳しめの方であり、非公式の厳重注意は総務研究官に任せたりせずに自分自身で橋本総括を呼び出して行う意向となっている」という話がありました。加えて、AH課長およびMS補佐から明言はなかったものの、9月24日に橋本総括から送付された「所長及び総務研究官に齋藤さんの出席の可否についてご説明しましたが、出席して頂く必要はないとのことでしたのでご連絡します。」というメール文については、実際にはそのような確認が行われなかった可能性が高いと推察するに至りました。AH課長とMS補佐は「改めて齋藤客員の意向はよく理解したので、再び持ち帰って検討させていただく」と話し、10月17日の会合は終了となりました。
その後、10月31日にMS補佐から私へ電話があり「10月下旬に橋本総括への非公式の厳重注意が終わり、齋藤客員の単著でのDPの公刊を了承してもらった。齋藤客員から提案していただいたように告知なく単著としてのDPを科学技術・学術政策研究所の報告書ライブラリに格納する予定となっている。2025年3月の報告書発行伺い版から最小限の改訂をしたファイルを送付していただきたい」という旨の連絡を受けました。その後、私から総務課へDPの原稿ファイルを送付し、所内査読に関するメールのやりとりを経た後、2025年11月26日に [DISCUSSION PAPER-242]「令和5年度 博士(後期)課程1 年次における進路意識と経済状況に関する調査 -2024年2月~2024年4月実施調査-」が報告書ライブラリにおいてウェブ公開されました。